日系のメジャーな銀行には2−3年ごとの人事異動がつきもので、それによって自分がどの程度期待されているのか、将来の着地がどのへんなのかわかったりするものです。また、人事部にも各部担当がいて、担当する部署のメンバーの力量、それまでの経歴など事細かに把握しており、いつ異動させてやろうかと手ぐすね引いて待っている。臨店と称する面接が定期的に設定され、かすかに言ったかもしれないなあと本人すら忘れている言質を根拠に異動が行われたりする。
おっさんも、香港に駐在しているとき(コンプラとは全く違う仕事をしていた)人事の臨店があって、リスク管理に関する業務をやりたいと口走ったのが災いして、当時絶賛人集めをしていたコンプライアンスに送り込まれた次第。
そんな中で、数ヶ月の帰国準備期間を与えられた中ではあったが、2月に極寒の日本に帰国して、心も体も寒い中で業務を開始した。
業務については全く検討もつかないといえる状態であったが、部下の方がウルトラできる人であったこともあって、毎日質問を100個はして、なんとか滑り出すことができた。
コンプライアンスというのは、当局との絶妙な間合いというのも重要で、それは上司の仕事なのであるが、表向きのミッションの他に、当局とのコミットがあるのが普通だ。そんなことを上司とも共有しながら、チームをどこに導いていくのか考えることが仕事であったが、全く土地勘のない世界でDirectionをつけていくのは並大抵のことでなく、半分くらい精神を病んでいたかもしれない。
ここで師匠が登場することになるが、2つ上の先輩でたまたま卒業した高校が同じだった。生まれてはじめて、ついていきたいと思える先輩で、凡庸な喩えであるがスーパーサイヤ人のような人だった。3年間直接仕えることになるが、褒められたことは一回もない。が、学んだことは数え切れないほどだ。